無限連鎖時代の爆笑作品―ほんの少しの「今田耕司」論を添えて―
2009年最初に見たテレビ番組は、日テレの『絶対に笑ってはいけない新聞社24時』でした。そのまま惰性でナイナイの特番も見ていると、レッドカーペットと同じような雰囲気の芸人が出ていたのですが、なぜかあまり笑えない。「まあこれからお笑い番組を数十時間は見るだろうから、今ぐらいはサムくてもいいか」とその場は思ったものの、もしやこれは何か原因があるんじゃないかと真面目に考えると、「司会が今田耕司ではなかったから」だという結論に達していました。
「2008年最大の出来事は?」と聞かれたら、「もちろん福田首相の辞任でしょう」とか「Perfumeのアルバム1位&紅白かな。あれはテクノポップの…」とか「付き合った/フラれた」など、さまざまな回答があるでしょう。しかし、私は一貫して「レッドカーペットが一般名詞になった年だ」という立場をとっています。それほど、私はこの番組から、「1分間のお笑い革命」というキャッチコピーに負けない衝撃を受けました。
『レッドカーペット』の特徴を挙げれば、それは、私たちに《舞台》と《観客》を同時に見せたことに尽きるでしょう。2000年頃から流行った『爆笑オンエアバトル』には《舞台》のみが映り、観覧席の笑い声が入るだけです。それと比べると、『レッドカーペット』はゲストの笑う顔をサブリミナル的に差し込み、さらにゲストは必ず芸人にコメントをつけます。なので、この番組が「革命」的であるとすれば、それは《時間》ではなく、《空間》に革命を起こしたと考えるべきです。
では、最もこの番組を盛り上げたのは誰でしょうか。レッドカーペットを支え、支えられた芸人はたくさんいるものの、彼ら以上に大きな働きをした役者が一人います。今田耕司です。ネタ披露中にも横から笑い声やツッコミを入れたり(天津木村のネタ披露は、今田の「無いわ!」が無いと安心しないくらいです)、ゲストの確実にスベったコメントさえもギリギリで内野安打に変えてしまう能力がない限り、あの番組は成功しませんでした。そういう意味では、「今田は《観客》のプロである」とテーゼを立てても構わないでしょう。
しかし、自分で定義しておきながら、「《観客》のプロ」とは何でしょうか。これをもう少しキチンと整理しておく必要がありそうです。
繰り返しになりますが、ここでの《観客》は、単なる受け手ではありません。幾らかの能動性を持っているのが《観客》です。もう少し具体的に言えば、こう言えるでしょう。受け取ったものを更に発展させて放出できるのが《観客》である。もっと具体性を帯びるように語れば「ネタをネタにできる」のが《観客》である、と。
私たちは、芸人のネタにも笑い、それに対するコメントにも笑い、コメントに対するツッコミにも笑う。言い換えれば、「ネタ」にも「ネタのネタ」にも「ネタのネタのネタ」にも笑う。ネタの無限連鎖を消費している。その世界には、《作者》と《読者》が同時に存在しており、一種の共犯関係を形成しています。
今田耕司は、その世界におけるカリスマであり、必ず連鎖を成し遂げる奇跡の安打製造機です。連鎖が終わりかけたように見えたところでも、まだ笑かしてくれる。「1分間のお笑い革命」だったはずが、結局は「1時間のお笑い革命」になっていて、そこには「つまらない」瞬間はなく、全てがとりあえず「おもしろい」瞬間へと変貌します。
『M-1グランプリ』は、そういった意味で、少なからず限界がありました。審査員は「評価する」ことしか出来ないから、ネタの連鎖は有り得ません。その結果がNON STYLEの優勝とオードリー・ナイツの敗北であり、逆に言えばそれは(ある人にとっては)唯一の希望と言い換えても良いかもしれません。
このエントリを書き終わったら、元日に放送された「爆笑ピンクカーペッド」のビデオを観覧します。そこには、今田耕司はいません。それでも私たちは笑うことができるのか。中村アナが今田耕司のスキルを少しでも盗んでいてくれれば、と期待を持ちつつ。これは私と芸人のタイマン勝負ではない、新たな闘いであり、笑いの可能性と限界を試すいい機会だと考えています。
<追記>
1月3日の特番『ザ・ドリームマッチ』に内村光良が出演するらしいです。内村光良ウォッチャーとしては、これは2009年最初の大事件です。やはり彼はコント番組をやりたいのではないか、と思います。『スリーシアター』がその布石にしか見えないのは、僕だけでしょうか。
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